8cmヒール+黒ストッキング

ぽてぽてと隣へ。隣といっても隣の部屋じゃなくて隣の建物なのだが。まぁ、仕事も溜まってるわけじゃないし、散歩気分でいい。
セキュリティを3つ抜けて、パーティションの個室が並ぶ部屋に入る。昭和な感じがするうちの室と違って、こっちの室はハリウッド映画のCGルームのような感じがする。ちらりちらりとパーティションを覗きながら進む。みな、頭を掻いているか、頬杖をついているか、腕組みをしているか、の3パターン。バリバリキーボードを叩いている、という空気ではない。本当の頭脳労働なんだろう。
一番奥のパーティションについた。覗こうとしたら、既に覗かれていた。薄いフレームレスのスクウェアのメガネ、無造作にまとめ上げられた髪、白衣、ミニスカート、美脚+黒ストッキング、ラボから一歩も出ないのにフルメイク、8cmヒール。
「書類を持ってきました」
差し出した書類を人差し指と中指でつまみ、ぶらさげるようにして見、といっている間に書類差しに放り込んだ。A4一枚みっちり、とはいっても、官僚的な表現で埋まっている以上、読むところはほとんどないということだろう。
「それとこれ、ウチのボスからです」
二つ渡したら、一つ返された。パリパリと包装紙をはがしてコリコリと音を立ててチョコをかみ砕く。多分食べろといういうだろうということで、わたしも本日3つめのチロルチョコを頂いた。わたしが食べ終わる頃、目の前の美脚が高く組み替えられ、デスクの下の保温庫から缶コーヒーが二つ出てきた。二つとも受け取って、一つのタブを開いて手渡す。細い指、丁寧にやすられた長い爪。缶コーヒーを一気飲みして
、美脚の持ち主はようやく口を開いた。
「こんどの土曜日、空いてる?」
「合コンですか?」
もともと冷ややかな視線だが、より一層冷気を感じた。
「合コンじゃないけど、呑み」
「出会いとかは」
「君の場合は多分ない」
「それどういう意味ですか」
「たぶんね。わたしも初めて行く店だし勝手がわからない」
まぁ暇だしいいですよ、といってしまう。そう、暇なのだ、頑張って婚活の予定を入れようとしているのに… まぁものは考えようだ。美人が呑んでれば男が寄ってくる。見るからにお高そうな美女の隣に、ちょっと頑張れば手が届くかな、って感じの可愛い女の子が座っているのだ。ほっとするかんじでいいよね、という流れになるのは自明の理。そうだ、頑張れ! わたし!!