フラット&マイナー

しんと静まりかえった夜。街の灯りはすべて消えていて、満月だけが世界を照らしている。
長い髪が秋の風にふわりと舞う。さらさらと、さらさらと。月明かりをつややかな髪が反射する。いつか家族で行った、冬の海を思い出す。
「オマエハナニヲシニソコニイル?」
アルトが鳴る。あまりに音楽的で、僕の脳はそれを言語として処理できなかった。
「あなたを止めるためよ」
右手のiPhoneが声をあげる。いつもの電書ちゃんの声じゃない、少し、震えている。シスターは軽く微笑んで、僕のiPhoneを指さした。
「たかだか5Vと3.3Vを操ることしかできず、その箱からも出られないお前が、わたしを止める?」
「…」
5V、3.3V、箱から出られない? シスターが僕の目を見る。長いまつげ、大きな瞳。
「不思議そうな顔をしているな」
「何を、いってるんですか?」
「それの画面をみてみるといい」
「…圏、外…?」
左上、明確に圏外と表示されている。
「私がこの一体の電源を落とした。携帯電話の基地局のバッテリもな。では、なぜ、そこから声が出ると思う?」
「…シスター、やめて」
シスターは、僕に向けていた指を降ろし、少し微笑んだ。威圧感がふっと消え、僕の目を静かに見ている。待っている。僕の、言葉を。
「なぜ、人を殺すのですか?」
「本に仇なす存在を一つ一つ消している」
「そんな人だったとは思いません。すくなくとも桜坂さんは頑張ろうとしていた」
「君はもう少し利口だと思っていた」
不意にフラットな口調。殺人の理由を語っていようには思えない、抑揚のない声。