あざといは、作れる?(3)

「聴くのは、クラッシックが多いですね」
「オーケストラですか?」
「いえ、4重奏とか3重奏とかがメインです」
「というと…」
そういって機材の壁を店主さんが振り返る。
「もうすこし低音側に振ってみるのもいいかもしれませんよ」
「もうひとつ」
「というと」
「アイドルも聴くんです。それとジャズ」
お姉ちゃんの顔と機材の壁を交互に見る。
「だとすると、確かにこの組み合わせですかねぇ」
感心したように目を細めてお姉ちゃんを見る。嬉しそうだ。同好の士を見つけた感覚なんだろうか。おねえちゃんは、ここに通りすがるまでオーディオに興味なかったように見えるが、まぁ、経験や時間でなくて、わかるかどうか、という所なんだろう。
「なにをかけてみましょうか?」
にこにこになった店主さんがお姉ちゃんを見る。わたしもお姉ちゃんを見る。と、お姉ちゃんはわたしを見た。へ?
「ユウコのiPhoneの中に入ってるでしょ? ユウコの一番好きな曲」
慌てて操作するわたしの手元を店主さんが覗く。フリックする画面である程度察しがつくらしく、ふんふん、とか、なるほど、とか合いの手が入る。
「これ、かな」
如月千早『Snow White』 傷を負った過去を、過去として愛して、新しく前へ進む歌。こんなお店で出すのは少し恥ずかしい。けれど、店主さんは意に介さなかった。
「それなら、ハイレゾ音源がありますね。興味があったら比較して頂いてもいいですが、まずは素直にハイレゾ音源で鳴らしてみましょうか」
店主さんがちょいちょいとリモコンを操作する。ふらふらしていたお客さんが、聴く体勢になる。
ピアノ、少し遅れてストリング。2つの音が左右に引いてブレスが入る。
 ♪たとえば 君と もし 出逢わずにいたのなら
何百回と聞いたお気に入りの曲。けれどずっと柔らかい曲調に感じる。ちょうど5分の曲は、一瞬で終わってしまった。
「いいですね」
おねえちゃんが一人ごちる。
「この人、本当に一皮むけましたねぇ。アイドル時代は危なっかしくてひやひやしたもんですが、今は落ち着くところを見つけたんでしょうね。いい声になったとおもいます。曲にも恵まれてますね、今、ちょうどいい曲がきてる」
店主さんも満足げだ。ファンなんだろうか。軽くこめかみを掻いて、お姉ちゃんと目を合わす。
「指定頂いたシステムが、お客様には最善だと思います。うちにあるものでは、という条件付きですが」
ちょっと待ってくださいね、といって一度店の奥に入る。ビニール袋に3cmほどのカタログの束が詰まっていた。
「でも、もっとよい組み合わせがあるかもしれません。せっかくですから、オマケで迷う時間も買って頂けませんか?」
お姉ちゃんがカタログの束を受け取る。店主さんはホッとしたように続けた。
「大きな声では言えませんが、赤門通りにそこそこのスピーカーを揃えているお店もございます。きっと興味をひくものがあると思います。その上で当店のものを選んで頂けるのでしたら、お手数ですが是非ともまたお立ち寄りください」
ありがとう、そういってお姉ちゃんがメッセンジャーバッグにカタログを入れ、顔を上げたところに一枚のSACDのジャケットとサインペンが差し出されていた。お姉ちゃんは2つを受け取り、裏にさっとペンを走らせる。
「本当は写真集に入れて頂きたかったんですが」
「それも、わたしの大事な写真ですから」


RAIDって、なに?」
お姉ちゃんが小首をかしげる。誰かのための偉大な写真家、わたしの愛すべき王女様。