RealForce

リビングには灯りが点いていなかった。
ライトのスイッチを入れてもつかない。停電? iPhoneを懐中電灯モードにして、リビングに入る。クロスをとりあえず引っかけようとしたら、わたしの部屋のドアが少し開いていた。クロスをソファに立てかけ、ひらきかけのドアに手をかける。カシャ、という音がした。間違えようもない。わたしのキーボードの音だ。
「お姉ちゃん?」
お姉ちゃんなわけはない。わたしがこのマンションに来てから、お姉ちゃんは一度もこの部屋に入ったことはない。ゆっくりとドアを開く。小柄な、長い黒髪の女性。そこにいるのはお姉ちゃんのはずなのに、猛烈な違和感がわたしを襲った。「お姉ちゃん」が等角速度でゆっくりと振り返る、関節からキリキリと音が聞こえる気がする。長い黒々としたまつげに彩られていたのは、紅い瞳。


ゴメンネ


その言葉の終わり際を暴風が吹き飛ばした。荒れ狂う風、ドアは開け放たれ、窓ガラスは粉々に吹き飛び、散らかしていたありとあらゆるもの、そして整理しておいたものも、何もかもが部屋を舞っていた。「お姉ちゃん」だけが凪の中にいる。「お姉ちゃん」の細く長い指が、無骨なキーボードをつまみ上げる。USBのケーブルが蛇のように「お姉ちゃん」の腕にまとわりつき、消えた。

「名は体を表すとはよくいったものだわ。リアルフォース、こんなところにあったなんて」
「何を言ってるの? 単なるキーボードじゃない!」
「普通に使っている分にはね」


「お姉ちゃん」が目を閉じ、口元を少し動かす。わたしのRealForceがぼんやりと発光した。そんなはずはない、実用一辺倒のキーボードだ。そんな無駄な機能はついてない。「お姉ちゃん」はゆっくりと目を開けて、満足そうにその明滅を眺める。暴風はさらに圧を増して、身体が壁に貼りつく。「お姉ちゃん」がRealForceを持ったままこちらに向かってきた。一歩、二歩、そしてまつげが触れる距離。いつもの瞳、カラーバランスだけが狂った瞳。「お姉ちゃん」の瞳が閉じる。唇に、柔らかく、暖かいものがふれた。そしてそれが離れた後、身体中を悪寒が包んだ。
元気でね、そう言って半歩「お姉ちゃん」が離れた。
「違う!」
何が違うの?
「あなたはお姉ちゃんじゃない!」
なんでそう思うの?
「お姉ちゃんは、『リアルフォース』なんて言わない! RealForceって言うわ!」
そう、わたしたちは、
「横書きの方が好きだから!」
あらゆる音が遠くなっていく、世界が明るさを取り戻す…


「という夢」
「それで恋愛をどう占えと」
「直近の夢って言ったじゃない」
アサコが両の手のひらを天に向ける。
「もうちょっと素人に占いやすい夢はないの?」
「基本的に夢なんて見ないよ。寝た瞬間に朝」
「ちゃんと寝ないと肌の老化はやいよー?」
「ほっとけ」