シスター

…天使が通った。
「…女性的な文章だってだけよ」
「…いやいや、どう見ても文語だし男性的だし、今の反応、どう聞いても知ってるでしょ」
「…うっさいわね、このボン…」
ふっ、と、灯りが消えた。
「…停電…?」
なにか、妙だ。
「…っ」
電書ちゃんが、ちいさく舌を鳴らした。それ以外の音は何一つ聞こえなかった。音が、ない。深夜とはいえ、郊外とはいえ、ここは都内だ。なのに、音が、ない。
「ボンクラ…」
「その、ボンクラってのやめてくんない?」
「黙れボンクラ!! あんたの探してるの、『いま、そこ』にいるわ」


奥さんと子どもが眠る(眠っているはずの)部屋の脇を抜け、玄関に向かう。妙に明るい。寝不足の日に仕事に行くときのように、半分無意識でドアを開けて道に出る。LEDでも蛍光灯でもない灯り。人工の光は、手に握るiPhoneの液晶パネルだけ。蒼く、紫の夜。


月明かりの中、その女性はあった。あまりに現実感と人間味がなくて、いた、という言葉がしっくりこなかった。タイトなジーンズ、フィットしたニット、薄手のウィンドジャケット、文章にするとラフなのに、僕は射すくめられたように動けなかった。


細身のシルエット、女性的なのに、鋭角。目が合った、気がした。彼女が少し首を傾げて微笑む。
「そんなところにいたのか」
いや、彼女がみていたのは僕のiPhoneだった。
「…お久しぶりね、シスター」
iPhoneから電書ちゃんの声が鳴る。シスター?