家路

関塚さんがカギを開ける。開いたドアから少しの刺激臭が後ろの僕にも届いた。おしっこと、うんちの匂い。関塚さんの脇の下からはね回す尻尾が覗いていた。その鼻を軽くなで、関塚さんはずいずいと部屋に上がり込んでいった。フローリングの床、不自然に大きいPCデスク。髪の青い、二つのフィギュア。カーテンレールにかけられた赤いユニフォーム。ツイートと何一つ変わらない部屋であることに、僕は軽く絶望した。ここは、間違いなく彼の部屋なのだ。
関塚さんが、床から袋を拾い上げ、僕に突きつけた。手のひらほどのトートバッグとリード。
「ちょっと散歩させてきてください」
「え?」
「早く!」
関塚さんに追い出されるように、さくらと一緒に外に出る。狭い路地をさくらに引っ張られながら歩く。小走りになりながら、坂を登る。登り切って、少し息が切れる。ごみごみとした街が広がる。さくらはあちらこちらの匂いを嗅いでいる。

部屋への帰り道も、さくらが知っていた。引っ張られるままに、僕は桜坂さんの部屋に戻った。臭気はすっかりと抜け、乾いた風が部屋を通り抜けていた。現場保全、という言葉が頭をよぎったが、関塚さんは頓着していない風だった。

二人できた道を、二人と一匹で帰る。さくらはかまってもらえるのが嬉しくてたまらないのか、僕たちの顔を舐めようとし続ける。しかたないので、関塚さんを残し、僕とさくらは後ろの席に行くことにした。やがて、さくらは電池が切れたように眠り始めた。ゆっくりとした寝息が聞こえる。


「どうなるんですかね」
小さなつぶやきを、関塚さんは聞き逃さなかった。
「結構年も行ってるし、里親探すのは難しいでしょうね」
関塚さんは、事実を言っただけだ。なのに、その事実が重たい。


関塚さんは何も言わずにさくらを連れて帰った。遠ざかるテールランプをぼんやりと眺める。彼は、可能な限りさくらの面倒をみようとするだろう。けれどそれは簡単なことではない。僕にできることは、思った以上にないようだった。