お迎え

エバンジュリストとは、未来を語るのが仕事だ。だから、暗い顔をしているわけにはいかない。パワポのコメントには笑いの小ネタをちみちみ入れているが、ちゃんとそれらを使えたか、正直言って自信がなかった。聞いていた人の表情も覚えていない。こんな冴えない仕事をしたのはいつ以来だろうと溜息が出た。と、そこでiPhoneが鳴った。知らない番号。
「お疲れ様でした」
ええと、若い方、確か関塚さん。建物の外にいますから、と言って一方的に電話を切った。ざっくり今日の予定を思い返す、次男を迎えに行って… そのくらいか。エスカレーターを降りると、遠くに関塚さんが見えた。片手でタブレットをフリックしている。と、気づかれた。タブレットをカバンに放り込むとき、その端末がなにかがわかった。Kindle PaperWhite
「クルマで来てます。お子さんを迎えに行く間だけでもお話を伺えればと」
「…そりゃ、助かりますけど」


自転車で子どもを乗せて、ってのは実は思ったよりも重労働だ。クルマがあれば、と思うときはあるけれど、まぁ、しかたがない。彼の示したクルマに乗り込む。パトカーでなくてほっとした。が、駐車違反ですね、なんて飛ばせるほどの余裕はなかった。ぐっとクルマが地面を蹴る。
「さくら… え、と、桜坂さんは…」
「まぁ、ほぼほぼ即死です。聞きたいですか?」
「いや、いいです」
車の中が途端に静寂に包まれる。
「え、と、本、お好きなんですか?」
「何故ですか?」
「いや、PaperWhite持ってらっしゃったんで…」
関塚さんが苦り切った顔をした。聞こえるように溜息をつく。
「おかげでこんなの割り振られてます」
またクルマが静寂に包まれた。空気が完全に静止してから、関塚さんが話し始める。
「欲しいのは、次に狙われそうな人物のリストです。あなたくらい顔が広ければ、二三人あげられるんじゃないですか?」
「買いかぶりですよ、それに、桜坂さんだって、人に恨みを買うような… 言動はときたま… ありまし…た、けど」
「そういう、割とエキセントリックなヒトから思いつくままに挙げてもらってかまわないです。ないよりマシだ」
協力を仰ぐ、って態度じゃないよなぁ…


子どもを家に降ろし、ちょっと話をするからね、と外に出る。やっぱクルマ楽だなぁ、と思って関塚さんの顔を見たら、はて、なにか忘れているような、そんな気分になった。
「あ、関塚さん、桜坂さん、犬を飼ってたんですよ、どうなってるかわかります?」
見る間に関塚さんの顔が真っ赤になる。あ、あれ?
「な、ん、で、 そういう だ い じ な ことをーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」