本の斬奸状

Twitterクライアントを開いてDMをうつ。
DM「相談したいことがあるので連絡ください」
とはいえ、それは望み薄だ。彼女はいつも好きなときに現れて、好きなことを言って去って行く。そうした関係、おっと、断っておくが、彼女は3人称のherであって、恋人って意味じゃない。僕には妻も子どももいる。それでも彼女にDMを打った理由は、3時間ほど前に遡る。


明日のプレゼンの資料を作り終え、職場のPCを閉じたのが22時頃だっただろうか。駅に向かう僕に、前から一人の男が声をかけてきた。
「ろすさんですね」
知らない顔だ。というか、こういう…スーツを着込んでいる割にガタイのいい人間は知り合いにはほとんどいない。今度は後ろから声がした。
「少々お話を伺いたく」
え、と振り向く。同じようにガタイのいい、スーツを着た男が立っていた。前、後ろ。挟まれている。
「…いったい、なんなんですか」
少なくともヤクザという感じではないが、同様の匂いがするのは事実だ。
「もう遅いし、疲れているので早く家に帰りたいんですが、そもそも、あなたたち…」
言い終わるのをまたず、前の男が胸ポケットかちらりと覗かせた物、ドラマじゃないんだからと思うものの、それには使い込まれた説得力があった。
「任意ですか」
「もちろん」
「では、またにしていただけますか、先ほども言ったように、今は疲れていまして、明日は社外の人間に会わなければならないので」
「…人が亡くなっているのです。一人ではありません」
「…不謹慎な言い方かもしれませんが、僕が関係する話には思えません」
あなたね、と後ろから不機嫌そうな声が聞こえた。前の男が片手をあげて制し、ゆっくりと言った。
「本の斬奸状、と言ってもですか?」


斬奸状とは、サムライのいた頃の言葉だ。要するに、テロをした上で殺害された人物のことを、殺されるのは天の意志であるというようにつらつらと悪口を書いた物。21世紀になってずいぶんたつが、ここ一ヶ月は「今の言葉」となっている。
「ネットの噂話ですよね」
「時として、噂には真実が含まれるのです。残念ながら」
「にしても、僕には関係のないことです」
「私たちもあなたが犯人だとは思っていません。犯行の手口を言う訳にはいきませんが、少なくともあなたが行えることとは思えません」
「ならなぜ」
「あなたが『本』の第一人者だからですよ。いわゆる電子書籍というものの」