あざといは、作れる?

店員さんにいろいろ教えてもらいながら、少々価格は高めだが安定性が高いというRAID対応のケースと3TBのHDDを3つ買った。NAS用に2つ、そらにそのバックアップに1つ、という構成だ。二人で3TBというのは少々心許ない気がしたが、狭くなってきたらまた3TB×3の構成を追加して二人のデータを分ければいいだろう、というお姉ちゃんの提案が妥当なものに思えた。
支払いは例によってお姉ちゃんだった。一応いくらか出すよ、といったら、プロのアドバイスと荷物持ちを考えたら妥当、という回答が帰ってきた。じゃあせめて、といってピザ屋さんに向かう。例によって立ち食い系のお店であるのだが、安いわ旨いわで、大須でのお昼は自動的にここになる。並ぶのがちょっと面倒ではあるが、受け取り待ちの所から釜が見えるので職人さんの手業を見とれているうちに順番がやってくる。と、耳元でシュキン、という音がした。振り返ると、お姉ちゃんが小さな一眼レフを構えていた。シュキン、シュキンとシャッター音が鳴る。
白ワインのボトルとグラスを2つ、ピザ2枚を分担して席まで運ぶ。
「カメラ持ってきてたんだね」
「ユウコが釜が見えるって教えてくれてたから」
そんな話したっけな?と思うけれど、自分の記憶能力のあてにならなさと、お姉ちゃんの不揮発メモリの信頼性を考えたら、間違いなく言っているに決まってる。
どぼどぼっと注いで、いただきます、とグラスを合わせた。とろりとしたチーズがワインを進める。
「美味しいね」
「美味しいね」
お姉ちゃんが左手で髪を押さえて、少し前屈みになってピザを迎えに行く。姿勢がすっとしていないお姉ちゃんというのは、結構レアなのでガン見してしまう。と、気づかれた。ごまかすふりをしてワインを口に運ぶ。お姉ちゃんが慎ましやかにピザをさくりと一口囓り、ワインの1杯目をあけた。
「さっきのお店の人が言ってた」
「うん?」
「スピーカーのお店って、心当たりある? 赤門通りって言ってたけど」
頭の中で路地検索をする。ここ10年で減りはしたが、オーディオ専門店はいくつも生き残っている。赤門通り…大津通の赤門を西に折れてすすむ、左手に大きなスピーカーが見えた気がする。
「多分あそこだと思う」
「じゃあ、連れてってくれる?」
いいよ、と答えた。ピザ食べたいから今日は地下鉄で、といっておいてよかった。荷物抱えて歩くのはめんどうだけど、30分200円をカウントしながら街歩きってのもあまり楽しいものじゃない。


お店はすぐに見つかった。入り口から、どでんとスピーカーが置いてある。どでん、というのがどのくらいかというと、ざっくり言えば洗濯機。お姉ちゃんについてお店に入る。お姉ちゃんはゆっくりと、でも立ち止まることなくお店を回った。わたしは、スピーカーケーブル\22,050という値札に一回引っかかった。お姉ちゃんがするりとお店の外に出た。ひやかしに見えるだろうが、きっとお店のなかの情報は全部頭の中に入ったのだろう。
「買わないの?」
「バランスが取れなくて。少し調べてシミュレーションした方がよさそう」
そういうもんかな、と思って、ついて歩く。と、サイレンが聞こえた。音の高さは70cmくらい、道の真ん中で女の子が泣いていた。道行く人がよけて通るのが見える。地下鉄の駅はその向こうだ。さて、どうしたものか、と思案する間もなく、お姉ちゃんがその子の前に立ち、そしてあぐらをかいて座った。
「犬は好き?」
女の子の泣き声が止まる。お姉ちゃんはポケットから何か取り出した。両手に渡してシュッとしごいて、片方を口元に寄せた。ぴー、と膨らんでいく。細くて長い風船。キュッキュッキュっと風船を捻る。瞬く間に風船が犬になった。女の子に犬を渡す。泣き声は止まっていたが、まだ頬を涙が伝っている。次にお姉ちゃんがポケットから取り出したのは、ハンカチだった。軽く女の子の頬をぬぐう。
「あ!」
女の子の視線がわたしたちを通り越した。犬を抱えたまま走り出す。どん、と減速せずに脚に衝突した。その脚の上の方を見ると、安堵という言葉を絵にしたような表情が二つ見えた。女の子の顔は、もはやこちらを見ていない。何もかも、預けきった彼女の横顔が見える。しがみつく手、撫でる手、それを見るわたしの手が、ギュッと固まる。


ふわり、と、握った手が包まれる。
「行こう」
と、声がする。速すぎず、遅すぎず、わたしの手が引かれる。歩き出す。わたしの心と手が緩む。二つの手の指が絡む。
「お姉ちゃん」
「何?」
肩を寄せる。お姉ちゃんの視界にわたしが入る。
「恋人みたいに見えるかな」
お姉ちゃんは視線を逸らして、軽く笑った。
「わたしはともかく、ユウコはヘテロにしかみえないよ」
「…そうかな」
指が緩んで、お姉ちゃんに正の加速度がついた。離されないように、お姉ちゃんの指を絡めとる。お姉ちゃんが、ちらりと目の端っこでわたしを見た。お姉ちゃんは減速して、わたしとの相対速度を0にした。それをいいことに、わたしはお姉ちゃんの手を、ギュッと握った。