ファンサ

お子さんと写真? いいっすよ。はい。かわいいっすねぇ。いま、何歳? そう、5歳?


このチームでは、ファンサを練習後にやる。クラブハウスの駐車場とグラウンドの観覧席との間に胸ぐらいの高さのフェンスがあって、それを挟んでサインしたり握手したりする。正直、苦手だ。それも仕事だから頑張ってやってるが、向いてないのはあきらかで、写真撮られるときも引きつってるんだろうなと思いながら撮られてる。大きな声では言えないが、GMがクラブハウスから抜き打ちで見てて、年末の査定の材料にもされたりするそうだ。
如才なくこなしていくユウゴの背中を見てると、なんというか、スター性ってこんな所に出るんだなぁなんてことが、頭の中に浮かんでくる。やれやれ、これで最後の一人だ、と思ったら、メガネをかけた女子高生(平日午前中)がうつむいていた。あ、この子いいのかな?と思ってスルーしかけたら、ユウゴが手のひらを縦にしてこちらに向けていた。え?
「…あ…」
「…え?」
「…こ…」
「…」
「…これ、に…」
2つの長い三つ編み。太くて黒いセルのメガネ。ぎゅっと、胸にシャツを抱いている。震えてるのがわかる。ゆっくりと差し出されたそのシャツには、俺の番号が入っていた。脇からユウゴが受け取って、背中側を向けてこちらに広げた。
「でっかく書いた方がいいっすよね?」
ユウゴが人なつっこい笑顔で言う。女の子は下を向いたまま、小さく頷いた。ユウゴからペンを受け取って、(小さくなりそうなのを我慢して)できるだけでっかくサインを入れた。書き終わったあとに気がついたが、他の誰のサインも入っていなかった。
「…いつも、…ありがとうございます…」
小さな声が、耳に届いた。
「それ言うのこっちですよ。いつも応援ありがとうございます」
「…そう、じゃ、ないんです。わたし、いつも、もらって、ばっかりで…」
鼻声になっている。ユウゴが割って入った。
「握手、しないスか? ほら」
女の子の顔が上がる。困り眉になっている。恥ずかしいけど、頑張って右手を差し出した。おずおずと、小さな手が触れる。
「…頑張ります」
そう言ったとき、はじめて女の子と目が合った。
「頑張ります。見ててください」
「…は…い」
僕も頑張りますからね、とユウゴが笑ってつないだ手を上からぽんと叩いた。