紅茶の時間

大須は広い街じゃない。


「…お茶でもいかがですか」
「…いいんじゃないでしょうか」
他人行儀というか、他人だからしょうがない。再会することには思わなかった。キーボード観の相違でフェードアウトした婚活相手と出会うとは。なんか完全にスルーするのもどうかと思うが、なにかするのもちょっと面倒、そんな関係。じゃあ、ということで歩き始める。前にあったときは立ち食いだったしなぁ。さてどんなチョイスがあるのかな、と期待半分で斜め後ろにポジショニングする。Happy Hacking Keyboard君が逡巡を見せずに瀟洒なドアを押す。ベルがからんからん、と鳴った。え、そこ!?と思う間もなく入っていくので追いかける。
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢さ?ま」
一瞬の半疑問系を隠してメイドさんがにっこり笑う。こんな恐ろしい想いをしたのは何年ぶりだろう。


わたしは!
このメイドさんを!
知っている!!


メイド喫茶といっても、ピンク色のフリルだったり、髪の色が緑だったりするわけじゃない。白と黒と木の色の落ち着いた部屋だった。よくわからないが、正統派というのだろうか。
「スコーンとダージリンで」
手慣れた感じでメガネ君が注文をする。よくわからなかったので同じ物を頼む。紅茶の銘柄でわかるのは午後の紅茶ぐらいだ。怖くて後ろを振り向けなかったが、わたしの知っている誰かにあまりにも似ているメイドさんは、兼マネージャーであるらしく、他のメイドさんをてきぱき動かしていた。お出迎え、お見送り、そして指示。振り向けなくても、声だけできりりとした様子が伝わってくる。


そう、この声…間違いないのだが。
できれば間違いであって欲しい。