アレグロ

ビールを買って席に戻る。ゴール裏の前の方で、一人の男の人が高いところにメガホンを持って立っている。手元のスイッチを入れ、観客席を見渡す。みんなが立つ。
「こんちは。みなさん、知ってるような状況なんで、せめて、俺らが声出しましょう。今日は、勝って笑って帰りましょう」
アンダンテからはじまった演説は少しずつ狂気をはらんでいく。
「声出して、選手の背中を押しましょう! 今のまんまでいいわけねぇよな!」
彼がすっと息を吸い込んだ。身体がふくれあがったようにみえた。
「行くぞ!」
地鳴りがその声に応えを返す。
「行くぞ!」
天井からも残響音が響く。タッタッタタタッとクラップ、そしてコール。わたしの声も、アサコの声も溶けて全体になる。アナウンスが選手の名前を読み上げる。一人一人にコールをつける。最後に監督の名前。潮騒のような拍手。拍手しているわたしのタオマフを、アサコが抜き取った。そっちもって、と言われて端を持つ。周りを見ると、誰もがタオマフを捧げ持っていた。メインスタンドから選手が子どもと手をつないで、一人ずつ現れる。


この街に生まれて…


皆が歌う。太鼓も手拍子もなく、朗々とみなが歌う。大人も、子どもも、その中間も、男も、女も、その中間も。


生まれ育ったこの街が好きだから
君たちに勇気と力をあげるためにここにきた
この街への誇りをこの歌に込めて、共に勝利をつかもう


ピッチに一旦散った選手が輪になる。スタジアムがあわせて声を出す。輪がばらけて選手がそれぞれのポジションに戻る。十字を切る選手、胸のエンブレムを軽く叩く選手、軽く、でも高くジャンプする選手、ステップを踏む選手。


ピ、と笛が鳴って試合が始まった。