蕎麦

土曜日にしては早めに目が覚めた(当社比)
なんか食べといた方がいいな、思ってリビングのドアを開けたらお姉ちゃんがいた。昨日私が寝る前と、寸分違わぬ姿勢でintuosを操っていた。邪魔をしないように、静かにソファの後ろを通ってキッチンに向かう。冷蔵庫のドアを開けたらバット4つ分の麺があった。あぁ、と後ろからお姉ちゃんの声がする。それ、茹でてくれる?、と続く。確か昨日の夜見た時にはなかった、はず。
パスタ鍋にグラグラとお湯を沸かす。手に取ると打ち粉の香りがすがすがしい、茹でては上げて流水で締め、を5回繰り返してブランチができあがった。
「松本でお世話になった人にもらってね」
なんとなく気が向いたから挽いて打った、とこともなげにお姉ちゃんは言った。挽いてって…蕎麦の実の状態からかぁ。爽やかな香りが美味しい。夏だというのにしっかりと香りが残っている。保存状態がよかったんだろう、あとは、やっぱり、お姉ちゃんの腕なんだろうか。パット4つのおそばは瞬く間になくなって、私たちはそば湯を楽しんだ。
「ごちそうさま」
そう言ったお姉ちゃんと目が合う。
「今日、どっか行くなら、髪を切ってみたら?」
ああ、それもいいかもね、せっかくはやく目が覚めたし、と応える。美容院の予約はあっさり取れた。台所をざっと片付けて、黒のポロシャツに袖を通してメイクする。一応人に会うんだから、失礼のない程度、というと聞こえはいいが、まぁ、やらないよりはマシって程度かと、毎度のことながら思う。
さて、とリビングに入る。お姉ちゃんがこっちを向いてソファに座っていた。そしてテーブルの上にはメイクボックス。いつものようにぺたりと床に座る。あれから、何かあるときには必ずお姉ちゃんがメイクに一手間かけてくれる。
「今日はどこに行くの?」
カタ、とメイクボックスの開く音が聞こえる。あごに添えられた手のひらを触れたいと思って我慢する。
「サッカー見に」
そう、と言ってお姉ちゃんはアイライナーを手にした。自分でやると怖い(のでやらない)が、お姉ちゃんが持つと不思議に怖くない。というより、お姉ちゃんに見惚れているうちに終わった。
「いってらっしゃい」
「いってきます」