歌詞カード

「こんにちわー!」
腹の底から声を出す。大きな声で、でも怒鳴らないように。バックスタンド最前列から客席を見上げる。そこそこ埋まっている。レプリカやグッズを身につけている人は20%ぐらいといったところか。家族連れ、すでにビール入ってるおじさんたち、
「僕ら向こうでチャントをやってます! あ、応援歌ですね! 声出すの、恥ずかしい方もいらっしゃると思いますけど! 手拍子とかあわせてくれるだけでも選手の力になると思いますので! 一緒に! よろしくお願いします!」
頭を下げる。パラパラと拍手が聞こえる。
「歌詞カード持ってきてますんで! 欲しい方、手を上げてください!」
仲間と手分けして、配りながらスタンドを登る。目の前で小さな手のひらが踊った。手渡したカードをすげぇ、といって食い入るように見てくれる。レプリカを着たおじさんたちが頑張ってね、と微笑んでくれる。


仲間と合流してゴール裏に戻るコンコース、誰かがぽつりと言った。
「…あの人ら、勝ったらまた来てくれるかなぁ」
誰も、返事をしなかった。そう簡単にいきゃあ苦労しない。普通の人たちには、山ほどやることがある。俺たちみたいに、誰もがなれるわけじゃない。


けれど、それを口にしちゃいけない。
「…まぁ、声出すしかねぇんじゃね?」
誰かが言って、誰かが、だなぁ、と返す。何やってるんだろう、と時々思う。理由なんて結局の所よくわからないし、自分だっていつやめるかわかんない。


けれど。