環太平洋

レジでマナカがピッと鳴る。
店員さんからビール2本とチャーシューを受け取って、コンビニのドアを出たところでiPhoneがルッと鳴った。


件名:いま、電話できますか?
件名:Re:大丈夫


自転車置き場に向かって歩きだすと、iPhoneがルルルと鳴った。自転車のカギを外しながらピックする。
「こんばんは」
「こんばんは」
ケータイなのに挨拶から入る。まだそういう間柄。
「映画、決めちゃおうと思って」
そう、わたしがドタキャンした話。
「あのときはゴメンね」
「仕事だからしかたないとわかってるから。それはともかく、乗り物酔いはしない方?」
「しない方…だけどなんで?」
「揺れるから」
頭の中に疑問符がぴょんと立った。
「映画の話だよね?」
「映画の話だよ」
ユウスケさんは、ときたまトークが繋がらないことがある。そういうキャラなんだと最近はわかってきたから、あまり気にならない。
「土曜の夜とかどうかな。ちょっと遠いし」
名駅じゃないの?」
名駅(と正確には笹島)にはシネコンが二つあるし、単館系の映画館もある。この辺で映画と言えば、たいがい名駅だ。
「中川」
「中川?」
西の方、というのはわかるが、わたしはずっと東側に住んでいるので頭に地図が出てこない。
「駅からタクシーに乗ったりするから、夕方か夜の回がいいかなと思うんだけど」
「あぁ、それで乗り物酔いの話なんだ」
「いや、映画が揺れるの」
…意味がわからない。まぁ深く考えるのはやめよう。待ち合わせの時間を決めて電話を切った。切った後に、映画のタイトルを聞くのを忘れていたことに気がついた。


まぁいいか。


白いシャツにジーンズ、我ながら色気ないなぁ、と思いつつも、ダッシュで顔を作って地下鉄に飛び乗った。待ち合わせのビックカメラ前には、すでにユウスケさんがいた。iPhoneで時間を確認する。セーフ。声をかける前に視認されて、そのままユウスケさんはタクシーを停めた。
「中川コロナまでお願いします」
ユウスケさんが運転手さんに行き先をつげる。
それから映画館に着くまで、わたしたちは話をしなかった。なんとなーく、今の関係のトークを運転手さんに聞かれるのがイヤで、わたしは声を出さなかった。ユウスケさんは特に何も考えていないようだった、ので、こそこそと様子を探る。青みがかったグレイのシャツにジーンズ。シャツの生地はうっすらとパターンの入ったものだ。ステッチも3種類の色が入っていて、どうもあまりお安くはなさそうな雰囲気。ユウスケさんの年収とシャツの想定される値段の比率が頭に浮かんだ。まぁそんなもんかな、と思って意識がボトムスにずれた。そして、わたしはかなりいやな現実に直面した。


…こいつ、わたしより細い(´・ω・`)


わたしがデブなんじゃない、比較対象がおねえちゃんだから、と思って逃げていた現実が、20cm左に座ってる。思わず視線が真下を向いたが、そこにはパッつんパッつんの…


そうこうしているうちに、タクシーが映画館に着いた。カラオケやゲーセンやフードコートや銭湯(!)がある、一大田舎のアミューズメント施設といった感じ。映画館のある3階について、ユウスケさんが発券するのをまった。渡されたチケットには、聞いたことがあるような、ないような題名。そして4DXと書いてある…4?


二時間後、わたしは「乗り物酔いする?」という言葉の意味を思い知りつつ座席を立つことになる。
まず揺れる。主人公がパンチしたりされたりするたびにぐわんぐわん揺れる。水しぶきを上げるシーンではミストが吹きかけられ、主人公が背中から落ちると、椅子の背中がぐっと押される。


「…すごかった」
「面白かった?」
「うん」
と答える。いや、はじまって一分もたたないうちに
…( ゚Д゚)ハァ??
と思ったのは正直なところだ。だって婚活で見る映画にカイジュウが出てくるなんて思うわけないじゃない! そう、カイジュウが海から現れ、危機に陥った地球をみんなで協力して巨大ロボット(!)で救う、なんて普通婚活に選ばないだろう! …まぁ、全然色っぽくない、というのは聞いていた気がするが…
「驚いた?」
前を歩くユウスケさんが、軽く振り返りながら言う。いたずらに成功した子どもの顔をしていた。


帰りに精算の話をしたら、自分が見たかっただけだから、といって受け取ろうとしなかった。かわりに、見たい映画に連れてって欲しい、といわれて、なんか見たいのあったかなぁ、とわたしは自分のアンテナの低さに嘆くことになる。


「意外に面白くてほっとした」
うわ、それはひくわー、という感想が返ってくるものと思っていたが、iPhoneの向こうのアサコは、
「あぁ、お父さんがいいんだよねぇ、あれ」
と応答した。見たの?と聞いたら一瞬間があって、男の人の話題になりそうなものは当然チェックしている、という婚活女子としては必然の回答が返ってきた。そういうもんかと思いつつ、一瞬の間、というフックを水割りと一緒に流し込んだ。


なにか問題があるのかどうか、正直なところはわからない。
でも、映画が面白かったし、そのあと呑みながら映画の話を楽しくできた。
今日の時点のわたしたちはそれでいいんじゃないかって思えたから、それでいいのだと思う。