四人

マンションのエレベーター、学校めんどくせえなぁ、と思いながら閉ボタンを押そうとしたら、黒ストッキングとローファーに包まれた足が外から突っ込まれた。慌てて開ボタンを押す。
「見えてただろ」
「しらねーよ」
けっ、という声は聞こえないが、そういう感じだ。エレベーターの壁にどんともたれかかる。小学生の頃からそうだけど、こいつは寝起きがメチャメチャ悪い。不機嫌オーラ丸出しで、そもそもこの時間に起きていること自体が変だってかんじの奴だ。


いつからか疎遠の幼なじみ。
あいつはギャル、俺は追っかけ。


あいつを目の端から外して、ウォークマンにイヤフォンをつっこむ。ノイキャン+ハイレゾ対応のすごい奴だけど、本当はスマホが欲しかった。けど、しょうがない。高校生になったらって言葉を信じるしかないけど、高校なんて遠い未来過ぎてピンとこない。


ノイズが消えて、イントロが流れる。
ちーちゃんの歌が、しょぼくれた僕の背中を押す。


それは、昼休み。弁当を食い終わって、ツイッターガラケーで眺める。普段は200ぐらいの未読が500になっていた。なんかあった?
『ちーちゃんミニライブ@那古野 キタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!』
『CMタイアップ、サッカーの前座』
『グッズとかあるんか!?」
『不明』

那古野!?

自称追っかけではあるが、生のちーちゃんを見たことは1回しかない。関東に住んでればライブとか行けるんだろうけど、那古野からライブハウスなんて中学生に行けるわけがない。YouTubeが唯一の接点だ。(余談だが、ちーちゃんにはまだそんなに仕事がない)
が、那古野といえば「ここ」だ。行ける、行きたい、行かなきゃ。

…って、サッカー? チケットどうやって手に入れるんだ?
ツイートを読み進める。きっと答えがあるはず。

『ゴール裏の前?でやるらしいけど、ゴール裏は年間チケット分で終わりらしい』
『マジかよー でもサッカー怖い感じだしなぁ』

TLがみるみるしょんぼりしてくる。
普通の方法じゃ手に入れられないだろうし…
なんか、ツテがあれば… つてなんかないし…
力が抜ける。机に突っ伏す。
焦点がぼけた目の向こう側で、ギャル子がゲラゲラ笑っていた。クラスのなかだとやたら楽しそうなんだよな、こいつ… つうか家が隣で学校でも隣ってどういう…

ガン、と衝撃。そうだ、その手があるじゃん!
ガチャと音を立てて立ち上がる。ギャル子と仲間がキョトンとした顔でこっちを見る。
「俺と、つきあって!」
会話に唐突に割り込んだ俺。やたらスナップのきいた平手打ちが飛んできた。


当然のごとく職員室に呼び出され、何故か俺まで叱られた。
「あやまんないからね」
教室へ戻る渡り廊下、ギャル子がこっちを見ずに言う。
「別に謝ってもらう必要ねーよ。悪いの俺だし」
「わかってんだ」
「ちょっとはしょりすぎた」
「そ、ムードなさ過ぎ」
「あぁ、それ、誤解」
「…どう…いう…ことだー!!」
モモ裏を狙った回し蹴りが空を切る。読めてれば、なんてことないぜ、とにやけた鼻先を上履きのゴムがかすめる。みせパンとは言え女子の蹴りじゃねえぞって、よろけて、尻餅をつく。ギャル子の残心の拳が俺を睨んでいる。


オス、オヒサシブリッス。
かちんこちんになった後ろ頭をギャル子がはたく。恥ずかしいからやめろって口の形で示す。師範代がわらった。サッカースタジアムの最寄りの地下鉄改札で、師範代と俺とギャル子が落ち合った。この3人は、言わば同門。もっとも、俺は落ちこぼれだけれど。
ゲンキだったか、と問われ、なんと言っていいかわからずに、ほどほどっす、と答えた自分がバカみたいだった。イケメンで国立大で師範代で、自分はキモメンでオタクで中学生。コンプレックスを隠す必要がないほど勝ち目のない相手だ。
まぁ、話はおいおいでいいさ、と師範代が先に立って歩き出す。少しずつ混み始めた地下鉄の駅を地上に向かって3人で歩く。師範代とギャル子の後ろを歩く。二人とも、赤にオレンジのストライプ。一応赤の入ったポロシャツを着ていたけど、試合開始の2時間前に駅につくような世界では、こっち側が異分子だ。すこし、背中がしょぼくれる。混み始めたエスカレーターをよけて2人が階段を駆けるように上がる。遅れないように、少し早足で階段を登る。


「それで、今日はいったいどういう…」
「それがね、こいつバカなのよ」
師範代の言葉を遮ってギャル子がしゃしゃりでた。シーズンチケットの最後尾に並ぶ。
「アイドルのミニライブ見に来たいってさ」
要らないことばっかり言うな!と睨んだけど、聞いてないみたいだ。
「あぁ」
師範代のその微笑みが、痛い。じゃあ、前のほうがいいかな、と言った師範代のポケットで、ケータイが震えた。変な顔をしたギャル子が顔を背けた。
「もう入ってる? じゃあ、前のほう頼むよ」
可愛い姪っ子の彼氏のために、
カラッと笑った師範代の尻に、回し蹴りがスパーッンと切り込んだ。


もぎってもらって、コンクリートのコンコースに入る。マッチデーとチラシを渡される。カンケーないよ、と普段ならそのまま捨てるクルマのチラシ、でも、今日のそれは宝物。ふるふるしてると、横から「キモ」、と一言。ほっとけ。
売店の列を横目に、ビッグフラッグがかけられたゲートをくぐる。目の前に緑の海が広がる。前に来たのは小学生のときだったか、芝の色は3年経っても変わっていなかった。と、こっちこっち、と真上から女の人の声がした。お、と師範代が答える。ギャル子がいっそうブスくなった。