病室にて

僕は200の文章を書いて売ってきたけれど、これはあなただけのもの。君のことだけを想って書いた、あまりにパーソナルなものだから、どうか、あなただけのもののままにしてほしい。
「そう言ってくれたの」
彼女はそういってはにかんだ。病室のベッドの上、彼女の胸に抱えられたタブレットには、偉大な作家の草稿が残っている。
「あの人が亡くなってからもう50年になるなんて、信じられないわ。今もこの小説を読むと、あの人が耳元でささやいてくれているように思える」
おばあちゃんがおかしいわね、と、彼女は笑った。身体中に走るパイプやコードを藁や草のように思えるのなら、彼女は草原のなかの花に思える。

彼女が亡くなった、と聞いたのは、その次の日の夜だった。多臓器不全、寿命という方が正しいだろう。