第一話

ピッ ピッ ピーーーーーーー


シーズンの終わりはいつもこうだ。今日と明日の間が不連続になる。明日からは、なにもない。握手はするが、相手と目を合わせる気にはならない。足が重い。それでも行かなければならない。それが仕事だ。負けたらみんな、つまんない気持ちで帰らなきゃいけない。みんなの家路を重くしたのは俺なんだから、ちゃんと頭を下げなきゃいけない。
みんなと並んで頭を下げる。拍手とブーイングが聞こえる。なんで拍手されるんだかわからない。ブーイングだけのほうがずっと気楽だ。
顔を上げて、スタンドを見渡す。ゲーフラを掲げている人がいる。帰り支度をしている人がいる。泣いている人がいる。行かなきゃいけない。みんなは引き上げようとしていたが、俺はもう一歩行かなきゃいけない。看板の間を抜けてトラックを渡って、ゴール裏の前に立つ。コールリーダーと目が合う。にらまれている。当たり前だ。負けただけじゃない。もう一つ理由がある。


「社長」
初老の男が振り返る。孫もいるような年だろうに、枯れた気配など微塵もなかった。
「タケさんクビってどういうことですか」
「ああ?」
「意味がわからないですよ。このチームはタケさんでまわってるんじゃないですか」
社長は、めんどくさそうに小首をかしげた。
「クラブとしての決定だ」
「おかしいですよ。まだなんとでもなるでしょう。取り消してください」
「お前なぁ…」
高そうな腕時計に目をやって、ジャケットのポケットにその腕をつっこんだ。
「そのタケさんで、うちは何回優勝したんだ」
「…ずっと上位にいるじゃないですか」
「うちの予算ならそのぐらいは当たり前だ」
わかりやすく言ってやる、そう言って俺を指さした。
「お前らが優勝できないから俺がここに来たんだ。何千人と解雇して、お前らの親会社を立て直した俺が」
それに一人や二人増えたところでどうだってんだ、そう言って、社長は革靴の音を立てて立ち去った。


「おめぇ、移籍するってマジか」
シャワーで隣になったタケさんから声がかかった。
「マジっす」
ばっかじゃねぇの?といってタケさんは笑った。
「ぜってぇ損だって」
タケさんはいつもそうだった。マジになるなよって、からかわれた。
「俺、走るしか能のないSBなんで」
あぁ?と気の抜けた声が返ってくる。
「信頼できない味方のためには走れないっす」
ばっかだなぁといってタケさんはシャワーを止めて出て行った。


「希望があったら聞いとく。だが叶えられるとは限らないぞ。もう決まり始めてる時期だからな」
ケータイの向こうから、代理人に釘を刺された。
「一部ならどこでもいいっす」
「適当だな」
「横浜と闘って、勝つ。それだけできれば十分っす」