営業コミュその1

「プロデューサー、来週の土曜日なんですが」
事務所のホワイトボード、知らない予定が追加されていた。
『千早 13時〜 那古野スタジアム ミニライブ』
ああ、とプロデューサーがパソコンから顔を上げる。促されて隣に座る。
「新曲が自動車のCMに使われるって話はしたな」
「はい」
「で、その自動車のプロモーションをサッカーの試合でやることになって」
「自動車のプロモーションを、サッカーで、ですか?」
「自動車会社がサッカーチームのスポンサーなんだよ。大きな自動車会社ではよくあることなんだ」
「そういうもの、なんですか」
「…どうする?」
「え?」
プロデューサーに覗かれていた。メガネの奥の瞳が輝いている。
「スタジアムというのもいい経験になると思う」
「スタジアム…」
「どうだ?」
まっすぐ、見つめられる。わたしは、プロデューサーのこのまなざしがちょっと苦手だ。まっすぐすぎて、隠し事を晒される気分になる。気取られないように、そうですね、と考える振りをして視線をずらす。前座、だけど、スタジアム。
「歌は…あるんですか?」
「入れてもらったよ! 先方も喜んでくれてる!」
…あぁ、この笑顔が本当に苦手だ。


コンコン、と軽いノック。
「失礼しまーす」
段ボールが部屋に入ってきた。いや、正確には自分の身体よりも大きな段ボール箱を抱えた小柄な女性が入ってきた、だ。段ボール箱を机におろし、プロデューサーと名刺交換をする。
「オルクス広報です。今日はよろしくお願いします!」
小柄だがエネルギッシュな感じがする。黒のパンツスーツに赤のネクタイ、どこか律子に似ている。こちらを向いて、にっこりとする。
「慣れない仕事だと思いますけど、よろしくお願いしますね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
軽く頭を下げる。じゃ、男性は申し訳ないですが、といってプロデューサーが部屋を出された。さっきの段ボールを開いてガサガサとビニールの包みを机に広げていく。
「好きな選手か、番号とかありますか?」
「あ、すみません、不勉強で…」
「いーんですよ。急な話でしたもん。じゃあ12かな」
「12って、意味があるんですか?」
「サッカーって、11対11でやるんですよ」
「そのぐらいはなんとか」
「で、ファンはもう一人、12番目の選手、っていう意味で、背番号12はファン用に空けてあるんです」
「そういうものなんですか」
「あと、『誰か一人なんて選べない!』って人が『みんな大好き』ってことで12番の商品を買って頂く感じですね」
「箱推し、みたいなものですか?」
「そうそう、そう言った方がアイドルの人にはわかりやすかったですね」
あはは、と広報さんが笑う。つられて私も笑う。


たくさんのシャツが机に並ぶ。どれもさらっとしていて着心地の良さそうな物だ。
「同じように見えて、たくさんの種類があるんですね」
「あーまぁ、ね」
不意に、歯切れが悪い。
「お客さんの数は簡単には増えないから…」
「一人の人に、たくさん買ってもらう、ですか?」
「そういうこと。入場料・スポンサーフィー・グッズ、どれが欠けてもチームは回らないんです」
いつも予算カッツカツ、といって広報さんが笑う。


二つ三つ試着させてもらった。
「どうですか?」
すみません、違いがよくわからないです、というと、広報さんはですよねー、と言ってにっこりした。じゃあ、これはどうでしょう。


「すごい! 似合う! ステキ!」
あ、あの
「なにか?」
これ、下はなにか…履かないんですか?
「ワンピースですから!」
でも、ちょっとみじか…
「ギリッギリ狙いましたから!」
ね、ら…?
「グラビアとか写真集からバーチャル採寸しまして!」
ば?
「いや、もう、ほんっとうにぴったりですよ! プロフィールのサイズだけだと心許なかったんで、3Dモデリングしたんですよ! ちょっとギリギリ狙いすぎたかなーって思ったんですけど、これはやった甲斐あったわぁ」
いや、あの、すごくフィットして、あの、ちょっと身体の線が…
「いや、ホント、作ってて細身過ぎるかなぁって思ったんですが、さっすがアイドルは違いますねぇ。私なら生地倍にしても足りないですよ。アハハハハ 我ながらいい仕事したわぁ」
…断れ、ない…