シュレーディンガーのレプリカとマジック

学校にいけてない理由は、わからないし、大人たちは物事には原因があると思い込んでるけど、わたしは「なんとなく」で世の中まわってるとおもってるので、追求にちゃんと答えられたためしがない。ともあれ、わたしはあまり学校に行ってない。たまに行っても図書館と保健室に行くだけで、教室のある方にはよりつかない。
ゴール裏から見て、目立つのはGKでありFWだ。けど、わたしの居場所、バックスタンドの前はSBの世界だ。相手の攻撃の時は必死で食い下がり、味方がボールを持てば前に突撃する。ボールが来ても、こなくても。走らなくても点が取れればいいFWとは違う。とにかく一試合でどれだけの距離を上下動できるか、というのがまず第一で、テクニックとかは二の次三の次だ。走り倒して相手にクロスをあげさせず、クロスをFWに決めてもらってようやく評価される。サッカーで一番割に合わない商売。それがサイドバック。その中でもリョーマは異常に走る。ボールが出てこないことも多いが、というか、大概出てこないのだが、それでも走りまくる。
もともと、疲れにくい体質だと聞く。血液検査の結果でわかったそうだ。けれど、リョーマの最大の魅力は、気力だ。誰もが心が折れそうな試合展開、2-0で負けていて1点返した直後に失点して残り5分、もう無理だと思う試合でも、5-0で負けていても走る。よそのチームにいるときから、わたしはその気持ちの強さに憧れていた。いろんなことができたりできなかったりするムラッけの強いわたしからみたら、神様みたいな選手だったのだ。そのリョーマがオルクスに来るなんて夢にも思わなかった。元のチームでトラブルがあったらしいが、そんなことでプレイが変わるとも思えなかった。だから、わたしはお年玉をつぎ込んで、リョーマのレプリカシャツを買ったのだ。それも、オーセンティックモデル。
オルクスの練習はだいたい午前中だ。人目につかないようにうつむいて赤い地下鉄にすわる。地下鉄は市内を出たあたりで地上を走る普通の電車になる。地上に出てから10分ぐらいの駅につく。改札をぬけて練習場に向かって山を登り始める。わたしは、何をしにきたんだろう。サインなんてほしがるキャラじゃないし、それに選手にだって用事があるからサインしない日だってある。練習場へ続く坂道で、わたしは立ち止まる。カバンの中のレプリカとマジックが取り出されない未来が見えた。このまま帰った方がいいのかもしれない。箱を開けてサインをもらえなかったわたしを確定させるより、箱をあけないでサインをもらえるかもしれないわたし、不確定なわたしにしておいたほうが傷つかないかもしれない。スカパーや雑誌の中のリョーマと違って幻滅するかもしれない。直接会ったりしないほうがいいかもしれない。そう、期待なんかもつから失望するんだ。そんなこと、10年と少ししか生きていないわたしにだってわかる世界の真理だ。