Pixie in the NiGHT

トウカのアシスタがI seeと答えた。トウカは少しづつスピードを落とし路側に寄せ、停車した。左の後輪がやられています。このクルマはここまでですね。トウカはそう言って車外にでた。僕も続いてクルマから降りる。
これからどうするのだろう、と、不安が頭をもたげる。一?キロほど後ろの煙幕の向こうでは、きっとこちらを狙っている、という確信があった。不安に耐えきれず、煙幕から目を逸らしてトウカの顔を見ようとした時、トウカのアシスタが発話した。


 Pixie number 4 recognized. She will arrive here in 5 second.


 甲高いエンジン音が白煙の向こうから聞こえてきた。煙を突き破り、それは姿を現した。街灯にマットブラックのドライカーボンをまとったモーターサイクルが見えた。やがてトウカの前でジェントルに停止し、直立したままサスを縮め、主人の搭乗を待つ姿勢を示した。トウカがフックからヘルメットを外し、僕に差し出した。
「トウカの分は?」
「視野が狭くなります」

ラインブレイク

インター出口にも、待ち伏せがあるでしょう。ランプを滑り降りながら、トウカが続ける。封鎖される前に、すり抜けるしかありませんね。自然に僕の右手がホルスターに伸びた。封筒を膝におき、弾倉をポケットから取り出す。セーフティを確認して、弾倉を装着した。
トウカの予言は現実のものとなっていた。トールゲートの向こう側にゆっくりと動く車が二台見えた。トウカがアクセルを踏みつける。グリーンのゲートは二つ。右か、左か。
トウカがアシスタをコールした。
Assista, crack the 1st gate.
左に急ハンドルを切り、カウンターを当ててレッドのゲートに突入する。バーがフロントガラスに接触する数センチ手前で上がり始めたが、結局はルーフにあたって砕け散った。
ゲートの向こう、グリーンのゲートの裏にいた二台の車は、こちらの動きを察知して方向を変えようとしていた。下道で後ろにつかれると厄介だ。親指がセイフティを外す。が、トウカの動きは僕よりもずっと素早かった。頼みます、と、トウカは発し、ICCをセットしてAKの遊底を引いた。ドアをバカンと開けて仰向けに身を乗り出す。トウカは天井に両足の裏、シートの座面に腰を押し付けて、車外に飛び出した上半身でAKをホールドした。僕は慌ててステアリングとトウカの足首を握る。ドアアラートがビービー鳴るなか、トウカは呼吸を停止し、タタタ、タタタ、と3発ずつ撃った。後ろのクルマの姿勢が乱れる。すかさずトウカがグレネードランチャーから発煙弾を撃ち込んだ。二台の追跡車は完全に煙の中に閉じ込められた。が、遠くでタン、近くでパンという音がして、今度はこちらのクルマの姿勢が傾き、ハンドルにトルクがかかった。まっすぐ走らない。クラスターにはTPMSの警告が点いている。タイヤをやられたらしい。
トウカがAKの弾倉を抜き、一発空に撃って薬室を空にした。シートに座りなおし、ドアを閉める。ステアリングをトウカに預け、代わりにAKを受け取る。後ろを振り返る。煙幕のなかから追走してくるクルマはいない。トウカはステアリングと格闘しつつアシスタをコールした。
Assista, call satellite.

0-3

お姉さんが私の服のボタンを外し、服をぽいぽいとカゴに放った。素っ裸だ。入ってていいよ、といわれたので、バスタブに浸かる。
お姉さんは、新しいブラシで自分の髪を梳きはじめた。その時初めて私はお姉さんの髪の色が赤いことに気がついた。
お姉さんが髪を梳き終え、頭の上にさっとまとめて、ドボンとバスタブに浸かった。ざぶざぶとお湯がバスタブから溢れる。いけないことをしているような気分になったが、お姉さんは気にもとめていないようだった。さらに蛇口からジャバジャバとお湯を出して、ビニールの袋を切った。お姉さんが袋の中身をバスタブにあけると、みるみるうちに水は乳白色になり、泡立った。
くまなく、まさしくくまなく洗われた。ひゃあ、と声が出て恥ずかしかった。そんなところまで洗われると思ってなかったからだ。ともあれ、私は全身を数回ずつ洗われた。要するに、お姉さんの求める状態にたどり着くには、一回二回では足りないくらい私は薄汚れていたのだ。

バスローブを羽織らせてもらい、爪を切ってもらう。パチン、パチンと切りそろえられていく。足の爪も切られた。
「なんで、こんなことするの?」
「個人的にはネイルもしたい」
「いみわかんない」
「わかんなくていいよ」
爪を切り終えたお姉さんはもう一本のタバコに火をつけて、ドライヤーを取り出した。
「あー、くそ、子供の髪ってすげぇなぁ。洗ってドライするだけでコレかよ」
言葉を文字にすると忌々しげだが、お姉さんの言葉には歌うような響きがあった。私は髪の毛は重くてベタベタするものと思っていた。お姉さんがはい、おしまい、と言ってドライヤーを止めると、頭がかるく、フワフワしていて何か、落ち着かなかった。

1-n

車が二台ほど並んで通れる門を見て、大名屋敷かと心の中で毒づいた日のことを思い出す。大雪の日だったが、門から母屋までは人三人ほどの幅で綺麗に雪かきがされていた。
襖を開けられ部屋に入ると、ババアが脇息にもたれかかり、キセルを蒸していた。お座りなさいな、と声をかけられて座布団に座る。お茶が出された。顔を近づけずとも香りの高さで上物だとわかる。寒い中、呼びつけてしまい申し訳無いね、せめてお茶でも飲みなさい、と声をかけられありがたくいただく事にする。実際のところ、駅から歩いて来るだけで体の芯まで冷え切っていた。
酒の方がいいかと思ったが、まぁ、大切な話があるとのことなんで、それは後にしようかね。ババアが煙草盆に灰を落とす。お茶を飲み終え、ババアと目を合わす。値踏みされている。
「本日はお時間をいただきま…」
「そういうのはいいから要件を教えておくれ。こちとら老い先短い年寄りだ」
ピシャリと閉ざされる。
「利部の遺稿をお持ちだと聞きつけました」
「あったらなんだと?」
「弊社で出版させていただきたいと」
「あたしゃそろそろ閻魔様が怖い年頃でね。あるともないとも言えないね」
「利部は人類の財産です。是非とも私どもにお預けいただきたい」
「…困ったねぇ。この寒い中来てもらって空手で帰すのも情がない話だ」
ババアが刻みたばこを丸めてキセルに放り込む。ちらりとこちらを眺めて火をつける。
「ウチのものに一発当てるなり、倒すなりすれば、ということにしようかね。トウカ」
背後の襖がすっと開いた。案内役のメイドが正座していた。
「お呼びでしょうか。董子様」
ババアが俺をねめつける。
「これが相手だ。何をしてもいい。当てるなり、倒すなりすることができれば、ちゃんと回答をしよう」
「…私はこう見えても空手の有段者ですが、本当にその条件でよろしいのですか?」
相手は少女だ。体力差はどうにもなるまい、と思って出た言葉だが、ババアは煙管を一服し、吸い口を軽く撫でた。
「お前さん、このババアが相手の戦力を把握してないとでも思っておいでかい?」
メイドが俺とババアの間に立つ。半身で軽く手を前に出している。防御主体の構えだ。ならば、と席を立ち、座布団をどけ、構える。当てればいいのだ、前傾、左手を突き出し気味にする。
「トウカ、客人に怪我をさせるなよ」
ババアの言葉に気持ちが突沸する。ふざけるな! 畳を蹴って近間に潜り込む。メイドは後退せず、角度を変えた。左拳を上げるふりをして相手を右の正面に誘導、できなかった。フェイクがバレている。メイドが近間よりさらに近間へ入ってくる。上げた左拳に相手の右手が触れる。握られ、引かれる。反射で引き返す。しまった、と思った時には背中から畳に落ちていた。
跳ね上がり、メイドを見上げる。初めの構えと寸分変わらない。

都合、十回ほど畳に叩きつけられた。
「もういいだろう」
そうババアが言うと、メイドは何事もなかったように部屋を退出し、襖を閉めた。忌々しいことに、息が荒れている。
「簡単に言うと、武力ではこちらが勝っている。法がどうだろうと、お前さんたちがどう考えようと、どうにもならない相手がいるって理解してもらえると楽なんだがね」
「…また、参ります」
「私の時間は安くないよ。面白いネタを持ってこないならこれきりだ」
キセルを一服。灰を煙草盆に落とす音が響く。
「お客様がお帰りだ。トウカ、お見送りを」

トウカと呼ばれた娘が門まで先導する。門を出て振り返ると、トウカと呼ばれた娘と目が合った。
「今回は…」
「いいえ」
言葉をさえぎられる。
「次回はありません。董子様の前にもう一度立とうとすれば、私があなたを排除します」
「戦いは一対一とは限らない。今日のように勝利条件が明確な戦いばかりとは限らない。君の優位は今日限りだと知っておくべきだ」
「私は董子様のためにやるべきことを全てできる。そのような言葉は狂人には通用しないとお伝えしておきます」
トウカと呼ばれた娘の目をのぞき込む。トウカとは凍てついた果てと書くのだろうか。

0-2

そこからの記憶は、ちょっとあやふやだ。と、いうのも、準備されていた飲み物の中にはアルコール飲料が含まれていたからだ。なぜぶたれなかったんだろう、そんなことを考えながら、私は床にへたり込んだ。
次にある記憶は、柔らかいベッドだ。いい匂いがした。上半身を起こすと、あ、起きた、という声が聞こえた。声の方を見ると、綺麗なお姉さんが微笑んでいた。ごめんなさい、と声に出すと同時に、両手が顔を庇った。ぎゅっと目をつぶって痛みに備える。けれど、聞こえてきたのは朗らかな声だった。
「よし、客も来ないし、お風呂にしようか」
お姉さんは私の手を握った。

暗い廊下を歩く。お姉さんに手を引かれながら。白黒の服を着たお兄さんが手を振る。廊下に座っていた別のお姉さんが投げキッスをした。しばらく歩くとカウンターがあり、メガネをかけたおばさんが立っていた。
「お風呂の部屋、どこか空いてる?」
お姉さんが問うと、おばさんが
「325がちょうど清掃終わったところだ。着替えを届けておくよ」
と答えた。お姉さんはありがとう、と答えて、私の手を引いて階段を上がった。

お姉さんが開いた扉をくぐる。お風呂とソファとベッドのある部屋。私をソファに座らせ、お姉さんがブラシのビニールを取り、壁のスイッチを操作した。バスタブにお湯が注がれる。
「タバコは嫌い?」
「わからない」
「じゃあ吸うね」
お姉さんはそう言ってタバコに火をつけ、私の髪を梳き始めた。時々引っ掛かって痛みを感じたが、私は痛みに慣れていたのであまり気にならなかった。お姉さんのタバコが七割がた灰になったころ、お姉さんは髪を梳く手を止めた。